Tomonarism
<第12話>
「俺の底」

みなさんはどん底を見たことがありますか?
僕はあります。
今回はそんな話を。

僕が22歳ぐらいの時ですか、
バイト先で給料を貰った僕はその足で家賃を払い(5万2千円)
タバコを買い、
待ちに待った給料日を満喫しようと街をふらついておりました。

いつもは薄汚れた阿佐ヶ谷の街が今日に限って美しく見える。
中杉通りの街路樹が僕に
「よ!大将ご機嫌だね」
などと話しかけてくるようです。
いつもは頭に来る駅前で声高に演説している選挙カーのおじさんにさえも
「消費税15%にしてみれば?」
なんて珍アドバイスを送りたくなる気分です。
めぐまれない子供達に愛の手を!って叫んでるけなげな子供達を微笑ましく眺めながら、
僕は少しは募金してやるかと給料袋をのぞき込みました。

給料残金210円

目の前真っ暗です。
どうしたのかな?って不思議そうな顔で僕の顔をのぞき込む子供達を尻目に
僕は慌ててポケットの中に手を突っ込みました。

ポケットの中、30円

合わせて240円です。
今日給料貰ったのであと一ヶ月240円で暮らさなくてはなりません。

一日あたり10円も使えねえのかよ

すぐに手持ちの金を日割りしてしまう貧乏性を出しながら僕は空を見上げました。
すると絶対に今の僕よりも恵まれているであろう子供達が
「恵まれない子供達に愛の手を」
と僕に言ってきます。
それどころか僕がお金をジャラジャラ触っているので貰えるものと勘違いして

ありがとうございます!

なんて大声でフライングな言葉を言ってきたりしています。
僕は参ったねコリャ、と思いながらここでは使えねえなと決意して立ち去ろうとしました。
すると一人の子供がこう言ったのです

なんだよぅ

…僕はカチンときながらもゆっくりと振り返り

ごめんな、今手持ちのお金ないんだよ

と大人らしく子供達(小悪魔)に伝えました。
すると子供は

(小銭)持ってるじゃん

と横浜でもないのに言葉尻に「じゃん」とかつけて言い返してきます。
僕は小銭が僕の全財産なんだよとはとても言えずに
お兄ちゃん貧乏なんだよごめんなって言いながら立ち去ろうとします。
すると子供は

貧乏ってどれぐらい?

ってもう帰してくれよいい加減って思うぐらい執拗に質問責めしてきます。
僕は今度払うよ今度って言いながら子供に背中を向けます。
すると子供は

いつ?いつ?

って聞き返してきます。

分かれ!社交辞令!

って身悶えしながら僕は今度は今度だよと
「だから大人はズルイんだよ」って言われそうな事を言いながらその場を立ち去ろうとします。
すると僕らのやりとりを見ていた保護者の方がゆっくり近づいてきて
子供にどうしたの?って尋ねてきます。
僕がいやあ、何でもないんですよって言うより早くそのガキは太った母ちゃんに

この人貧乏なんだって

とアメリカだったら裁判して20億ぐらい貰えるんじゃねえか?と思うような
名誉毀損な言葉を公衆の面前で吐いたのです。
お母ちゃんは僕にすいませんと謝ったあとその子供に

駄目でしょ

と言いました。
僕はその場から離れ、あれはきっと

駄目でしょ(貧乏から金取っちゃ)

って意味だったんだろうなあと思い、段々と腹が立ってきて

俺は貧乏じゃねえ!きちんと生活にも余裕がある!

と熱い血潮をガンダムのガチャガチャ(100円)にぶつけました。
出てきたのは旧ザクでした。

…俺これ持ってるよ。

かぶりました。
ダブっちゃいました。
こんな時に最悪です。

それで一気に冷静になった僕は手元を確認します。
残金140円。
それと旧ザク(2個目)

140円と旧ザクで一ヶ月です。
旧ザクに付いていた小さな説明書には

食べれません

と書いてありました。
僕は

…食えないのか、

と当たり前だけど落胆して家に帰っていったのです。

家に着き、
さてどうするかと思案を巡らせましたが
一向にナイスなアイデアが浮かんできません。

あんまり浮かんでこないので

どうするかな どうするよ え?
どうするの?

と声に出して自分自身に質問したりしてしまいます。
しかし実際声に出してしまうことで
「どうにもならないね」と言うことを実感してへこんだりします。
へこむと思考回路がマイナスマイナスしてしまうので
僕は何とか自分にとってのアドバンテージを見つけようと冷蔵庫を開けたり換気扇をつけたり

あ、まだイケル

部分を見つけだしミクロな安心感を自分自身に植え付けていきました。
そして気分転換をしようと

風呂でも入るか

とやっぱり何故か声に出して風呂場に向かいました。
風呂と言っても僕の家の風呂はみなさんの家にあるようなお風呂ではなく、
ものすごく狭い風呂だったのです。

風呂というか流し台なんですけど。

僕はバスキッチンと呼んでましたけど。

全裸になり、ヨイショとプロレスラーがトップロープをまたぐ要領で
流し台にあがり膝を丸めます。
もの凄い猫背になっちゃいます。
冬とかにトイレに座るとお尻が「冷た!」ってなるときあるじゃないですか、
あの感覚が毎回腰骨とかにまで伝わりますアルミなんで。
毎回キッチン(お風呂兼用)の窓ごしに僕の裸体が外に見えていたはずです。
でも外から見ると桃色の塊にしか見えなかったかもしれません、
かなり丸まってたんで。

とにかく僕はその態勢でガス給湯器のスイッチを押しました。

貧乏までも洗い流してやれ

そんな気持ちでいたところにもの凄い勢いで南アルプス天然水みたいなやつが僕の背中を直撃しました。

イテ!

なんだか痛かったんです。
冷たいの通り越して痛かったんです。
痛さの余りビクン!と体が反応してしまって
反った背中が水道の蛇口に激突して背中の皮がちょっぴり剥けるという最悪のシナリオを描いてしまうほどでした。
僕は全裸で(濡れながら)流し台から転げ落ち、キッチンをのたうち回りました。

「お湯 水 お湯 水」と言いながらのたうち回りました。

「お湯(じゃなくて)水(かよ)お湯(かと思ったら)水(出ちゃうのかよ)」と。

僕は何とか立ち上がりお湯になるまで時間かかるんだな今日はってひたすらお湯が出るのを待ちました。
ちょっと濡れちゃってるので僕は全裸でカタカタ震えながら
つま先立ちでお尻に何故か力が入っちゃってしかも内股という

欲しいのよん

みたいな感じになりながらひたすらお湯が出るのを待っていました。

お湯待てど湯気あがらず

そんな情緒のある光景が延々と続き僕は震える体でガスが止められていることを悟りました。
もの凄い絶望感です、
表現する言葉が見つからないほどです。
お金が無いので最低一ヶ月はガス代が払えません。
と言うことはお風呂に入れません(もともと風呂はないんですが)。
料理するにもガスが使えないから冷たい物しか食べられません、
まあお金がないので料理しようもないんですけど。
僕は心底へこんでこたつに入りテレビをつけ

あ、テレビはつく

って今度は声にも出ない声で安心したフリをしてゲームのスイッチを押しました。
そう、現実逃避です。
そのままゲームを30時間以上やり続け眠くなったらそのまま目を閉じて眠りにつき起きたらまたゲーム。
そんな事を3日ばかり続けたのです。

そのうち本気で

お腹空いたな

と思い、何か無いかと辺りを探し始めました。
すると隣の部屋に「カタン」という新聞を配る音が聞こえたのです。
僕は

「新聞…紙…木」

と原料当てクイズみたいな事をして

あ、食えるかも

とその時は不思議とそう思ってしまって、
静かに外に出て配達したての新聞を(隣の人の)自分の部屋に持ち帰り

「チラシは固そうだな」

とこの期に及んで選りすぐり、
なおかつ紙を食うという明らかに健康を害するであろう行為を差し置いて

「インクは体に悪いかも」

と奇妙なこだわりを見せたりしながら新聞紙を水につけ込みました。

僕は

「お湯だったらきちんとインクが抜けるかもしれないのになあ」

とお湯が使えるぐらいなら新聞紙は食わないで済むという前提を無視しながら
水に浸した新聞紙を眺め

「この位で良いか」

ってまるで増えるワカメを水からあげる要領で
灰色ベースの柔らか食品(グニャグニャ新聞紙)を取り上げました。

「水ごときでインクは抜けません」と言わんばかりの毒々しいものを僕は皿に盛りつけ
マヨネーズもないので醤油をかけました。
そして食いました。
スポーツ面を食い終えたところで

ギブアップ

と食が細いのか太いのか分からない所でご馳走様をしてコタツに入り
目を閉じて

人間ギリギリになっても味覚は無くならないんだなあ

と感心したりしていました。
そのうち日が経つにつれて立ち上がるのもおっくうになり、
僕は近くの民家から長めのホースを頂戴してきて
それを蛇口に差し込みコタツの方まで伸ばして
微かに蛇口をあけて

ポチョリ ポチョリ

程度の水が出るようにしておいてそのホースを口にくわえて

立ち上がらなくても水が飲める作戦

という末期的な作戦を実行に移しました。
ホースを口にくわえ寝転がり頭だけ起こしてゲームをやり続ける。
お腹いっぱいになったら窓をあけてホースをベランダに置いておく。
水は流れ続けます、
僕の口の中に入るか
ベランダの下に生えている雑草の栄養になるか
どっちかです。
お陰でたったの3日間で雑草はスクスク伸びて
僕の部屋のベランダだけジャングルみたいになりました。
バイトはしていたのですが3日働いて4日休むという変則シフトだったので
4日は大体その態勢を保っていました。
そんな生活が続いたある日、
目を覚ますと蟻ンコが僕の手の所をワサワサ歩いていました。
窓を開けっ放しにしているので入ってくるのも当然なんですが
その光景を見たとき僕は何故か

死ぬかもな

と本気で思いました。
朝日に照らされた蟻ンコが、なんと僕の手を避けるようにして行進していたからです。

蟻も食わねえか

と普通蟻は人間を食べませんがその時は絶望しきってしまって、
でも

まあ良いか

と妙な納得をしていました。
そして何気なく立ち上がろうとしたとき僕は身体の異常に気が付いたのです

僕 立てません!

そう、足がフラフラふらついちゃって立てなくなっていたのです。
そうなって

「子鹿みたいだな」

と思いながらいよいよかな?と覚悟を決めようと思ったとき
激しすぎる感情が僕を襲ったのです。

…死にたくねえ!

こんな飢えることの方が難しい時代に餓死なんかしたくない、
立ち上がれないほどになって僕は生への欲求がガンガン湧いてきて

死なないぞ 死なないぞ

と念仏でも唱えるように何とか立ち上がり壁づたいに外に出ました。
その後も両手を壁にかざし、ふらつく足を引きずりながら僕は

死ぬもんか 死ぬもんかと、

ねえあのお兄ちゃんなにやってんの?

と無邪気な子供が親に尋ねたら

ハイ 見ないのよ

と厳しくでも優しい口調で叱りつけるような生への行進を僕は続けました。
実際子供が寄って来たんですが(見るからに怪しいので)

殺すぞ どけ 殺すぞ どけ

って蚊も殺せないような声で威嚇したのを覚えてます。
そのまま僕は阿佐ヶ谷のジョナサンに辿り着き倒れ込むような感じで席に着き
ハンバーグとドリア、あとコーンスープをオーダーしました。

食って、食って、食い倒し、

油久しぶりだなあ

って涙が出るような感想を述べて空を見上げました。

さて、どうしますかね

当然金はない。
でも食った。
店員がさっきから明らかに

「さあ警察に電話して」

な態勢を取っている。
僕はポケットに手を突っ込み
あれから手をつけていない140円を取り出して
公衆電話に向かい
お尻のポッケから手帳を出して
電話をかけました。

電話口に女の子の声がする。

それを確認して僕は言いました。

大切な話があるから阿佐ヶ谷のジョナサンにきてくれないか、と。

女の子はそれからしばらくしてジョナサンにやってきました。
僕は

君のこと好きになっちゃうかも(しれんかも)

と女の子に告げました。
女の子はすごく喜んでくれて
それを確認した僕は

だからご飯おごって

と「だから」の意味が分からないと言われそうな事を言いました。
そう、僕は女の子の僕に対する気持ちを知りながらそれを利用したのです。
女の子は何の疑いもなく(疑ってたのかもしれないけど)ご飯をおごってくれて
店を出た後僕の腕に手を回してきました。

僕はキッパリとそれを拒否して

まだ、好きになっちゃうかも(しれんかも)だから

と「まだ駄目よ」なポーズを取り

じゃあ

と一人家路につきました。
その後その女の子に5回ほどご飯をご馳走になりそして僕の給料が出た日に

はっきりしてよ

と言われたので
僕は給料袋を握りしめながら

あんまり好きじゃない

とその女の子に言いました。
女の子は非道いって泣きながらわめきながら
私がいなきゃ死んでたじゃないって言って
だから僕はその子にこう言ったんです。

金返そうか?って。

駅前でやっぱり子供達が恵まれない子供達に愛の手をって叫んでます。
彼女が僕に差し伸べてくれたのはきっと愛の手だったと思います。
僕が握り返すことはなかったけど愛の手を差し伸べてくれました。
僕は感謝してます、心から。
体のどこを見られるよりも恥ずかしい気持ちで、
彼女に「おごってくれてありがとう」って言いました。
駅前で子供達が笑顔を振りまいて恵まれない子供達に愛の手をって叫んでます。
僕はいつか大人げなく言ってやろうと思うんだ。
救いを求めるっていうのは、笑いながら出来る事じゃないぜってさ。