みなさんは電車に乗りますか?
僕はたまに乗ります。
今回は電車の話を。
その日僕は実家に帰るため電車に乗っていました。
一時間ほどの短い時間ですが僕にとっては苦痛以外の何者でもありませんでした。
何故なら僕は電車が嫌いなのです。
あの陰湿な雰囲気。
濁った空気。
あるようで無い秩序。
全てが僕にはノーサンキュー、そんな感じなんです。
特に冬の、あの、太股の内側を必要以上に温めるあの変な床暖房?
椅子暖房?
もうたまりません。
ここだけ熱いじゃねえか!って何度も切れそうになります。
でも僕は我慢します、だって大人だから。
それに、あの、扉に貼ってあるシール。
うさぎちゃんみたいなのがドアに挟まれていて
「はさまれると危ないよ!」みたいな事が書いてあるシールね。
もう遅いだろ!って。
うさぎちゃん挟まれてるんだから。
何だよもう!ってなっちゃいます。
痛そうなんだ、またあのウサギが。
あと!また扉の事なんですけど、
何か扉のガラス部分に変な肌がくっついた後みたいなのがベットリと捺印されてることありません?
しかもちょうど目の高さに。
外の景色が誰かのコラーゲン越しにしか見れない時なんてもう、泣きそうになりますよ。
その時は僕は座っていて、寝た振りをしていたんですなあ。
あくまでも寝た振り。
完全に寝てはいなかったんです。
隣に座るやつの太股部分が僕の太股部分にくっつかないように
最新の注意をしながら僕は座っていたんです。
ああ、早くつかないかなあって思いながら静かに電車と格闘していたんです。
時間帯は丁度夕方で、でもあんまり車内は混んではいませんでした。
僕の寝た振りが本気寝に入ろうとした時、事件は起こったのです。
夕方ということもあり、車内に女子高生が入ってきました。
勿論僕は目をつぶっているので声でしか判断できませんが、
張りのある声、そしてちょっぴり大きめの声で僕はその声が女子高生のそれだと判断出来たのです。
その二人組の女の子が僕の座席の前に来ました。
僕の座っていた席は三人掛けの席で、その時は僕一人しか座っていませんでした。
なので座席は丁度二人分あいていると。
当たり前のようにその女子高生の一人が僕の座っていた三人掛けの席に腰をおろしました。
席はあと一つです。
しかしなかなかもう一人の女子高生は腰をおろさないのです。
僕は隣に感じる空白にただただ「あれ?」と思っていました。
腰をおろした女子高生も不思議に思ったのでしょう。
立ったまんまの女子高生に向かって「座りなよ」と言いました。
そうしたらその立ちつくしの女子高生がこう言ったのです。
「その席いやだ」
僕は目を閉じながら「何で?」と思いました。
俺か?俺か原因は?
僕は変な汗が出てきて、でも今更寝た振りは中止できない。
まさに八方塞がりです。
俺か?俺なのか?
何で?何でなの?
俺の何が?
疑問符だらけで寝た振りを続ける僕のいっこ横で座っていた女子高生が、
多分僕の方を見ているんでしょう。
視線を感じます。
そして多分僕を見ながら「ああ」って言ったのです。
ああ?
ああ、は何に対しての「ああ」なの?
その席いやだ、に対しての「ああ」なの?
ああ、そうですね、その通りですね、の「ああ」か!?
俺か?俺か?俺か?俺か?俺か?俺か?俺か?俺か?
完全に僕はパニックです。
寝た振りをしているので静かなるパニックです。
「あっち座ろう」そう言って女子高生は席を立ちました。
何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?
静かなるパニックは静かに絶好調です。
僕はちょっとだけ冷静に考えました。
まてよ、これは…
静かな車内で、大きな声の女子高生が喋る。
当然車内に響き渡る。
退屈に飽き飽きしている人々の耳に入る。
少なからず関心を持つ。
喋っているのは女子高生だ。
エロいおっさんなんか食いついてくるだろう。
そして僕は何か嫌なのだ。
女子高生の情報はそのまま真実として報道される。
何と!この方程式に当てはめると僕は誰もが認める「何か嫌」な人になってしまうのだ!
嫌な人が女子高生に嫌われて、しかも寝ている!(ホントは寝た振り)
興味深い!興味深すぎる!
何であの人変なのかなってみんなが思っているに違いない。
きまぐれな女子高生のせいで、電車嫌いな僕が電車内の主役になってしまった。
…いつ、目を開ければよいのやら
僕は考えに考え抜きました。
いっそのこと目を開けよう。
そうして僕のどこが何か嫌なのかハッキリ聞いておきたい。
何度もそう思いました。
しかし出来ない…出来るわけがない。
今の僕には動くことは許されない。
もし動いたら「あいつ寝た振りか」って尚更話題の中心になることうけあいだからだ。
頼むぞ電車、速く走れ。
僕を故郷までマッハのスピードで連れていってくれ。
その時です!
電車が僕を裏切りました。
…太股の内側がかゆい!
そうです、椅子暖房によって僕の太股は暖められ、
そしてもの凄い勢いでカユカユしてきちゃったのです。
ああ!モジモジしたい!
そうしてちょっとだけズボンを「クイクイ」って引っ張りたい!
しかし出来ない。
地獄です。
静か地獄です。
何でこんなにかゆいのか。
何故にこれ程ポカポカなのか。
(太股の内側)動きたい!ああ!この野郎!
その時です、更なる不幸が僕を襲いました。
「アムローアムロ 振り向かないーでー 宇宙の彼方に 輝く星はー」
僕の携帯から「永遠のアムロ」が鳴り響いたのです。
こんな時に!
こんな時にアムロ!
出るべきか!
いや出れない!
しかし一刻も早くアムロを黙らせたい!
僕は本気でパニックです。
マジマジパニックです。
車内の視線が僕に集中します。
嫌な奴に電話がかかってきてるのです。
誰だって見ますよそりゃ。
しかも寝てやがる、うるせえなあ。
僕はその時人の気持ちが手に取るように感じられてちょっぴり悲しくなりました。
僕は意を決して電話に出ました。
「はい…あ、今電車の中だから。うん。ご免ね」
そういうと僕はまた眠りにつきました。
…終わったな
何が終わったのか僕にはよく分からなかったけど、何かが終わりました。
女子高生はおっさんに挟まれて携帯をピコピコいじってました。
その他の人間は僕を見つめていました。
僕はいつから隣に座られると嫌な人間になってしまったんだろう。
年をとるとはこういう事かと、何だか寂しくなりました。
女子高生が電話している僕を一瞬見てすぐに視線をそらしたのを僕は見ました。
その隣に座っているおっさんが僕の方を勝ち誇ったような顔をして見ていました。
僕は目を閉じて、また寝た振りをしました。
ドアに挟まれたウサギは相変わらず痛そうな顔をしていました。
僕は思いました。
世の中には、ドアに挟まれるより痛いこともあるんだぜってさ。