Tomonarism
<第4話> 
「俺のロマン」

皆さん、プロレスは好きですか?
僕は好きです。
大好きです。
最近はあまり好きじゃないけどとても好きなんです。
今回はプロレスの話を。

僕がどれくらいプロレスが好きかというと、
まだ物心つく前からプロレス中継を観ながら体を揺らしていた(母親談)ほど好きなのです。
特にアントニオ猪木、猪木さんが大好きなんですな。
猪木がやられるとお父さんがやられてるような、
そんな錯覚をおこすほど猪木好きな少年だったのです。
キングオブスポーツ、いつ何時誰の挑戦でも受ける、
猪木さんの言葉は僕の人格形成に多大な影響を与えてくれました。
今となっては少し迷惑です。
しかし昔から、プロレスに対する風当たりというのはきついものがありまして、
ちょっと俺プロレス好きだよ、何て言うと

「八百長だ」

なんてうるさい馬鹿が騒ぎ出したりします。
まるで鬼の首をとったかのような勢いで僕を責め立てます。
僕はそいつを殴ります。
殴り倒します。

これでも八百長か?

殴った後で問いただすと決まって

「八百長じゃありません」

と言い直します。
市民レベルで僕はプロレスの威厳を保ち続けてきたのです。
今となっては少し後悔です。
そんな僕でも、タイガーマスクが出現し、
プロレスブームが巻き起こった頃は戸惑いました。
昨日までプロレスを馬鹿にしていた連中がタイガー最高、プロレス最高と騒ぎ出したからです。

何か嫌だな…

俺は生粋のプロレスファンだ、
それに引き替えお前等はなんだ?
タイガーの試合が終わったらチャンネルを変えるような奴らがプロレスファン?

違う。違うな。

タイガーマスクってさあ、正体誰なんだろう?

クラスのハナたれどもが騒いでいます。
僕はツカツカと歩み寄りボソッと呟きます。

佐山だよ。

…サヤマ?誰?

佐山だよ。
この間マーシャルアーツのマークコステロと異種格闘技戦やって負けた奴だよ。

…何それ?

佐山が居なくなったと思ったらタイガーが出てきただろ?
身長も同じだし。
分かるだろ?

…分かんない

佐山だよ。
佐山サトルだよ、
グラン浜田とメキシコでタッグ組んでた奴だよ。

…知らない…

確かに可愛くない子供だったかもしれない。
それは認めよう。
しかし僕には許せなかった。
誰がどう見ても佐山じゃないか!
…友達がまた減っていった。
だが僕は気にしなかった。
だって僕にはプロレスがあるから。
タイガーなんて所詮軽業師じゃないか、
猪木さんはアンドレを投げたんだぞ。
その頃猪木さんは第1回IWGPリーグ戦を戦っていた。
決勝戦の相手は超人ハルクホーガンだ。
余裕だな、余裕で勝つな、僕はそう信じていた。
そんな僕に担任の小島先生という綺麗な先生が近づいてきてボソっと言った。

猪木負けちゃったね

は?何言ってんの?
試合は明日だよ?

呆れ顔の僕に先生は綺麗な顔でこう言いました。

テレビ中継が明日なんでしょ?

僕は興奮気味に

だから!明日試合をやるんだよ!と、がなりました。

生中継じゃないでしょ?

こいつは何を言ってるんだ。
生中継に決まってるだろう?

先生は綺麗な顔で少しだけ寂しそうにこう言ってくれました。

桜井君、猪木好きなんだもんね、残念だったね

…こいつは嫌がらせをしているんだ。
不吉なことを言って俺を悲しませようとしているんだ。
そんな訳がない、ホーガンごときに猪木さんが負けるわけがない。
僕の怒りは頂点に達して

…死ね!このブス!

そう言っちゃった。
先生は綺麗な顔でご免ね、そうだよね、先生が間違ってたよって僕に何度も謝りました。

…寒い部屋で僕は不吉な思いを抱きながらテレビの前に座り込みました。
猪木は優勢だ、ホラ、負けるわけが無いじゃないか。
猪木とホーガンは場外でもつれ合います。
体が離れ、フラフラと猪木がホーガンに背を向けて歩き出します。
そこをホーガンが後ろからアックスボンバー三つ又の槍!
猪木は鉄柱に頭を打ち付けます。
先にリング内に戻るホーガン。
猪木は劣性だ、大丈夫、見ててよ小島先生、これからだから猪木は!
ロープを掴み、エプロンに立つ猪木。
ホーガンが何かを狙っている。
ヤバイ…ヤバイ!
猛烈に不吉な感じがして僕は叫びました。
向こうの部屋にいる姉ちゃんがビックリするぐらい大きな声で、
やめろホーガン!と。
ロープの反動をつけてホーガンの体が躍動する。
やめろ、やめろホーガン!
エプロンで猪木は立ちつくしたままだ。
やめろ!アックスボンバー
…猪木は無様に場外へ落ちた。
動かない…あれ?あれ?
解説の山本小鉄がマイクを外して猪木の元へ駆け寄る。
何だこれは?
ホーガンがうろたえている。
猪木コールをする観客に静かにしろと訴えている。
猪木がヤバイ、だから静かにしてやってくれ、
そう言っているようだった。
舌をベロリと垂らし猪子が失神している。
セコンドが猪木の舌をタオルでくるむ。
舌が喉に絡まないようにしている。
何だこれは?
僕はどうしようもなくうろたえた。
ホーガンは泣きそうだ、俺はどうしたらいい?そんな顔だった。
だったらやるなよ!
僕は泣きながらホーガンを責め立てた。
…負けたんだ
…猪木は負けたんだ。
先生の言った通りだ。
しかも生放送じゃなかった。
なにもかも先生の言った通りだった。
…先生の綺麗な顔が頭に浮かんだ。
それと同時に猪木の舌を垂らした顔が浮かんできた。
僕は小島先生が好きだった。
謝らなきゃ、そう思ってもなかなか謝れなかった。
そうしてるうちに小島先生は転勤になった。
結局謝ることが出来なかった。
猪木はそれからも戦い続けた。
僕は応援し続けた。
いつまでたっても猪木はあの時のままだ。
強さの象徴だ。
年をとり、衰えても、猪木は猪木だ。
あの時のままだ。
小島先生、あの時はご免なさい。
いまではすっかりオバサンでしょうね。
でもね、
でも、いまでもあなたは綺麗な顔をしていますよ。
うん、綺麗なままだ。